【米津玄師×嵐】「カイト」の歌詞の意味を徹底考察!「そして帰ろう」に込められた2つの意味とは

2019年NHK紅白歌合戦で米津玄師さんが作詞作曲された「カイト」が嵐によって初披露されましたね。

NHK2020ソングということで、国民的トップアイドルのあの「嵐」と令和の新時代に音楽シーンを席巻するあの「米津玄師」の超大物タッグが実現し、国民の期待は最高潮に達していたと思います。

そんな中披露された楽曲「カイト」ですが、

期待を裏切らず、本当に素晴らしい曲だったと思います。

あの儚くも力強い独特のメロディーは米津玄師さんらしさが滲み出ていてやはり作曲の才能がずば抜けているなと感じました。が、何よりすごいと思ったのが

歌詞が本当に天才的

でした。考えられないくらい精密に作られています。おそらく一度聞いただけでは分からない、何度も何度も聞いたうえでようやく理解させる非常に複雑な歌詞になっていました。

歌詞の意味を理解したうえでこの曲を聴くとこの曲の素晴らしさが何倍にも膨れ上がると思います。

 

このページでは、「カイト」の歌詞の意味を詳しく解説していきたいと思います。

「カイト」制作秘話で嵐さんが触れていた「そして帰ろう」の歌詞に込められた意味を理解したときには、体中に鳥肌が立つかもしれませんね。

 

ただし、このページでの「カイト」の歌詞考察は私自身が考察したもので、米津玄師さんの考えられた意味とは異なるかもしれません。また、人それぞれで歌詞の感じ方は異なるものだと思うので、「この歌詞はもっと違う意味がある!」と感じられる方もいるかもしれません。あくまで私自身の考察であるということをご了承ください。

 

「カイト」歌詞

以下に「カイト」の歌詞を載せておきます。

先に自分で考察をしてみても面白いかもしれないです。

小さな頃に見た 高く飛んでいくカイト
離さないよう ぎゅっと強く
握りしめていた糸
憧れた未来は 一番星の側に
そこから何が見えるのか
ずっと知りたかった

 

母は言った「泣かないで」と
父は言った「逃げていい」と
その度にやまない夢と
空の青さを知っていく

 

風が吹けば 歌が流れる
口ずさもう 彼方へ向けて
君の夢よ 叶えと願う
溢れ出す ラル ラリ ラ

 

小さな頃に見た 大きな羽のカイト
思い出よりとても古く 小さい姿でいた
憧れた未来は いつもの右ポケットに
誰も知らない物語を 密かに忍ばせて

 

友は言った「忘れない」と
あなたは言った「愛してる」と
些細な傷に宿るもの
聞こえて来る どこからか

 

風が吹けば 歌が流れる
口ずさもう 彼方へ向けて
君の夢よ 叶えと願う
溢れ出す ラル ラリ ラ

 

嵐の中をかき分けていく
小さなカイトよ
悲しみを越えてどこまでも行こう
そして帰ろう その糸の繋がった先まで

 

風が吹けば 歌が流れる
口ずさもう 彼方へ向けて
君の夢よ 叶えと願う
溢れ出す ラル ラリ ラ
ラル ラリ ラ…

 

ちなみに「カイト」は英語で「凧」という意味です。

 

「カイト」歌詞考察

では、早速考察していきましょう。

まず、登場人物についてですが、この「カイト」に出てくる主な登場人物は3人です。

もちろん他にも母・父・友・あなた(恋人)などの登場人物はいますがキーパーソンは3人と考えてしまって結構です。

その3人の中の2人が歌詞の1行目で登場します。

小さな頃に見た 高く飛んでいくカイト

1人目は「高く飛んでいくカイト」を見上げている主人公です。
「小さな頃に見た」という表現から主人公が子供であることがわかります。

そして、2人目の登場人物は「カイト」です。
ここでのカイトは単純な「凧」の意味ではなく、「主人公が見上げる人物」として描かれています。言うなれば、「夢を叶えた人物」でしょうか。

※なぜ、「カイト」を人物として捉えるのかは4行目の歌詞で分かります。

※なぜ、「カイト」を主人公の憧れとして捉えるのかは3行目の歌詞で分かります。

 

この場面では「夢を叶えた人物」「それを夢見る子供」という構図を、子供の凧揚げを用いて表現しているということになります。

「高く飛んでいく」という表現から、カイトは偉大な大きな夢を叶えているということがわかります。この「高く飛んでいく」という表現も2行後の解釈の上で大切になってきます。

 

離さないよう ぎゅっと強く 握りしめていた糸

カイトを離さないようにカイトとつながる糸を必死に握っています。

1行目を考慮して考えると、「夢を叶えた人物」とつながる糸を「夢見る子供」が離さないように握っているという描写です。

ここで、についてどう捉えるかが大事になってきます。

 

少し話が変わりますが、凧揚げという遊びの性質について考えてみましょう。

凧揚げを経験したことがある人はわかると思いますが、凧揚げという遊びは人間側が糸を上手くコントロールして凧を飛ばしているような感覚で楽しむものだと思います。

しかしこの「カイト」という楽曲では、カイト自身は風に吹かれて自ら躍動し、そしてその躍動から糸を通じてつながっている持ち手に影響を与える、そんな構図になっています。

 

回りくどい説明になってしまいましたが、つまり何を言いたいかというと、

  • 糸は影響を伝える媒体
  • カイト側から持ち手側に影響を伝えている

ということです。

普通の感覚では、人間がカイトに影響を与えるという感覚ですが、この楽曲では、カイトが人間に影響を与えているという感覚です。

 

この解釈の仕方はこの時点では少し強引に思えてしまうかもしれませんが、全体の考察を終えた後には合点がいくものになると思います。

 

ちなみに1行目の最後の「カイト」と2行目の「握りしめてい”た糸”」で韻を踏んでいますね。こういうちょっとした工夫も流石です。

 

憧れた未来は 一番星の側に

主人公の憧れた未来が、一番星の側にあるということですが、一番星の側に見えるほど「高く飛んでいるカイト」を表していることがわかりますね。

この歌詞があることによって、主人公の憧れが「カイト」であることがわかります。

 

そこから何が見えるのか ずっと知りたかった

“そこ”から」は「“カイト”から」と解釈できます。

「カイトから何が見えるのか」という文に変換できますが、ここで擬人法が使われていることがわかりますね。

擬人法というのは人間以外のモノを人間に見立てて表現する文法のことです。

見えるという人間に使う表現をカイトに用いることで、カイトを人間に見立てています。

 

母は言った「泣かないで」と
父は言った「逃げていい」と

ここで場面が展開します。

カイトを憧れて、夢を追いかける主人公ですが、「泣かないで」や「(夢から)逃げていい」などと家族から慰められます。

夢を追ううえでたくさんの苦悩や挫折を経験しています。

 

その度にやまない夢と
空の青さを知っていく

たくさんの苦悩、挫折を経験し慰められる日々が来れども、そのたびに鳴り止まない夢への憧れの強さを知ります。

そして、そのたびに夢の偉大さ(空の青さ)を知っていきます。

 

風が吹けば 歌が流れる
口ずさもう 彼方へ向けて
君の夢よ 叶えと願う
溢れ出す ラル ラリ ラ

サビに突入しました。
ここでもう一度場面が変わります。

まずこの場面が誰視点で描かれているかを考えましょう。

サビの3行目に注目すると、誰視点なのかがわかると思います。

「君の夢よ叶えと願う」という歌詞ですが、夢を叶えようとしている人物は主人公でその主人公の夢を願っている人物はこの時点では「カイト」のみです。
(登場しているキーパーソンがそもそも2人だけ)

なので、この場面は「カイト」視点で描かれていることがわかります。

 

では、このサビ部分を「カイト」視点であることを踏まえて考察してみましょう。

風が吹けば 歌が流れる

サビ1行目は抽象的な表現で「風が吹けば」と「歌が流れる」の歌詞の関係性がわかりにくいと思います。

まず、「風が吹けば」というこの歌詞。
歌詞がカイト視点で書かれていることに留意しましょう。

凧は風が吹けば、いったいどうなるでしょうか?

風が吹けば凧は風に乗って揺れ動き躍動し、そして、糸を通じて持ち手に影響を与えます

「風が吹けば カイトは躍動し持ち手に影響を伝える」

「風が吹けば 歌が流れる」

つまり、カイトが夢の舞台で躍動することで夢見る子供に影響を与えること”
“歌が流れる”というフレーズで言い換えているわけです。

この楽曲の中で出てくる”歌”に関するワードに「影響を与える」という意味をこの1行だけで付け加えています。

この言い換えを理解するとこれ以降の歌詞の解釈をしやすくなると思います。

 

 

口ずさもう 彼方へ向けて

歌を歌って彼方に届けようということですが、1行目の言い換えを考慮して解釈すると、

躍動することで彼方(地上)にいる持ち手に影響を、刺激を与えようという意味になります

 

君の夢よ 叶えと願う

この文はそのままの意味です。

カイトが主人公の夢よ叶えと願っています。

 

溢れ出す ラル ラリ ラ

カイトが口ずさんでいる内容ですね。

ラルラリラがカイトの躍動を表しています。

 

小さな頃に見た 大きな羽のカイト

ここから2番の歌詞に変わります。

1番の歌詞では「高く飛んでいくカイト」が出てきましたが、2番の歌詞では「大きな羽のカイト」が出てきました。

ここで2つの解釈が存在すると思います。

一つ目は1番で出てきた「高く飛んでいくカイト」と2番で出てくる「大きな羽のカイト」が別物であるという解釈です。

二つ目は1番で出てきた「高く飛んでいくカイト」と2番で出てくる「大きな羽のカイト」が同じであるという解釈です。

どちらの解釈でも歌詞全体で矛盾は生じないのでどちらの解釈でも成り立つのですが、ストーリーの自然な流れとしては後者の解釈が適切ですね。

「高く飛んでいくカイト」 = 「大きな羽のカイト」

と考えるのが自然でしょう。

 

思い出よりとても古く 小さい姿でいた

思い出というのは前の行で出てきた「大きな羽のカイト」のことです。

昔は大きく見えていたはずのカイトが今では、とても古ぼけてしまって小さい姿になってしまっています。

ここで2番の歌詞は1番の歌詞の主人公が成長したあとの姿を書いているということがわかります。

子供のころにはものすごく大きな憧れだった夢ですが、成長した今では子供のころに感じた新鮮な気持ちはなくなってしまい、夢への気持ちは小さくなっています。

 

憧れた未来は いつもの右ポケットに

それでも、その夢を諦めているわけではありません。

小さい姿になってしまったカイト(憧れの未来)ですが、手放すことなく右ポケットに忍ばせています。

いまだに夢への憧れは持ち続けています。

 

誰も知らない物語を 密かに忍ばせて

誰も知らない物語というのは1番の歌詞ででてきた
 母は言った「泣かないで」と
 父は言った「逃げていい」と
といったストーリーやこの後の歌詞に出てくるストーリーのことを指しています。

 

友は言った「忘れない」と
あなたは言った「愛してる」と

この部分が先に出てきた「誰も知らない物語」のうちの一つです。

友からの「忘れない」という言葉や、あなた(恋人)からの「愛してる」という言葉から主人公の生活は充実していることがわかります。

そのため、夢を叶えたいという想いが子供の頃に比べて小さくなっているということですね。

 

些細な傷に宿るもの
聞こえて来る どこからか

「些細な傷」というのは夢から遠ざかって生活しているという罪悪感や後悔などです。

そんな感情が胸に浮かんできたときに…

どこからか、聞こえてきます。

いつもの右ポケットから、ラルラリラという歌声が。

 

嵐の中をかき分けていく 小さなカイトよ
悲しみを越えてどこまでも行こう
そして帰ろう その糸の繋がった先まで

ここからCメロに突入します。

このCメロには2つの意味があります。

ひとつずつ説明していきます。

 

嵐に対するメッセージ

一つ目の意味は米津玄師さんからの嵐に対するメッセージです。

嵐の中をかき分けていく 小さなカイトよ

嵐という大きな一つの塊から5つの小さなカイトが飛び立っていきます。

 

悲しみを越えて どこまでも行こう

活動休止という悲しみを乗り越えて、どこまでもそれぞれの道を駆け抜けていこう。

 

そして帰ろう その糸の繋がった先まで

そして時が来たならば、帰って来よう。嵐という大きな塊に。

米津玄師さんから嵐さんへのもう一度戻ってきてくれというメッセージが込められています。

 

カイトから主人公へのメッセージ

次に、カイト(夢を叶えた人物)から、主人公へのメッセージです。

嵐の中をかき分けていく 小さなカイトよ

ここで出てくる「小さなカイト」は主人公のことを指しています。困難に立ち向かっていく主人公へ向けてカイトが呼びかけています。

 

悲しみを越えて どこまでも行こう

挫折や苦悩を乗り越えて、夢を追いかけてどこまでも行こうと呼びかけています。

主人公も小さなカイトとして大空へ飛び立っていきます。

そして帰ろう その糸の繋がった先まで

この文が非常に重要になってきます。

まずは「”その”糸の繋がった先まで」の“その糸”について考えてみましょう。
“その”は指示語ですが、どの言葉のことを指しているのでしょうか?

Cメロの中で”糸”につながるであろう言葉は「小さなカイト」しかありません。
ですので、“その”は「小さなカイト」を指しています

つまり、「小さなカイトの糸の繋がった先まで」という訳になります。
では、小さなカイトの持ち手はいったい誰でしょうか?

 

今までの歌詞を振り返ると、カイトは常に夢の対象でした。
そこには必ず持ち手(カイトを夢見る人物)がいました。
そして、この小さなカイトにも例に漏れず、持ち手(小さなカイトを夢見る人物)がいます。

そうです。主人公を夢見る子供が糸の繋がった先にいるのです。

この小さなカイトの持ち手がこの「カイト」という楽曲の3人目の登場人物であり、最後のピースとなります。

 

そしてこの文は、持ち手(夢見る子供)の元に帰ろうという意味に変わります。

“帰ろう”の意味はもう分かりますよね。

「カイト」という楽曲の中では、いつもカイトから持ち手に影響・刺激を与えていました。
主人公も大きなカイトからたくさんの影響を受けて、成長し、小さなカイトとして飛び立ちました。
そして、カイトとして飛び立った今、今度は影響を与える側として、自分を夢見る子供たちに夢や希望を与えよう。

そう大きなカイトが小さなカイトへ向けて呼びかけます。

そして、小さなカイトが夢見る子供たちへ向けて、あの歌を歌い始めます。

 

ラストサビ

 

風が吹けば 歌が流れる
口ずさもう 彼方へ向けて
君の夢よ 叶えと願う
溢れ出す ラル ラリ ラ
ラル ラリ ラ…

感動のラストサビです。

今までのサビは「カイト」視点のものでしたが、ラストサビは「小さなカイト」つまり「主人公」視点で描かれています。

今までは「カイト」から影響を受けて夢を“みる”側だった主人公が、今度は夢を“与える”側に成長して、自分を夢見る子供たちに影響を与えます。

大きなカイトから夢を与えてもらったように、自分も夢見る子供たちに夢を与えようと。

そんな思いとともにラルラリラという歌が溢れ出します。

 

そんなカイトの姿はきっと、夢見る子供にとって「大きな羽」の「高く飛んでいく」カイトとしてみえるはずです。

 

まとめ

最後に、米津玄師さんがこの楽曲を製作するにあたっての思いを述べていますのでご覧ください。

このカイトという曲を作るにあたって、
色んな事を考えましたが、
そのうちの大きな1つは、
今の自分は誰かに生かされてきたと、
いう事でした。

自分の回りに居る人間や
遠くで影響を与えてくださった沢山の方々、
その全てにちょっとずつちょっとずつ許されながら
「お前はここで生きててもいいんだ」と

そういう風に許されながら、
生きてきたのが自分が自分だと思っていて
そういう事を考えていました。

日々漫然と生きてるとそういう事は
忘れがちになってしまいますが、

それは決して忘れてはならない事だと
自分を戒める気持ちでこの曲を作りました。

とてもいい曲になったと思います。
この曲を作るきっかけを与えてくださった
沢山の方々、並びに嵐の皆さんに感謝の気持ちを述べたいと
思います。本当にありがとうございます。

「今の自分は誰かに生かされてきた」
「自分を戒める気持ちでこの曲を作りました」

そう彼は述べています。

この曲は、2020年東京五輪に出場する選手、それを夢見る子供たち、そしてこの曲を歌う嵐、そして何よりも米津玄師さん自身へ向けて作られた曲なのでしょう。

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